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第4回
出産編(妊娠10カ月)
平成11年1月25日
午後3時過ぎ、ガボッという音とともに破水。
「あっ!破水したー!!!」
母が私と妹を産むとき両方とも破水から始まった話しを何度も聞かされていたので、自分もそうかも?と覚悟していた私。
“破水”なんてもちろん初めての体験だけれど、テーブルの向こう側にいた母も
「今、ガボって聞こえたよ!」
というくらい大きな音と、水をパンパンに入れた風船の口から水を一瞬こぼして風船が縮んだような妙な感覚は疑いようもない。
「トイレに行ってくる!」
出張中の夫に代わり陣痛番に来てくれた妹と、妹と入れ替わりで帰ろうとしていた母をその場に残し、私はトイレへ急行。
確かめるまでもなく、後から後から生暖かいお湯のようなモノが足を伝って落ちてくる。あまりの量なのでタオルをあてる。
この日が来るのを相当の覚悟を持って迎えた私は意外と冷静だ。
「病院に連絡しなきゃ。」
と電話の前へ。
電話のそばには3カ月前から緊急連絡先一覧やら、タクシー会社の電話番号などが貼ってある。
なかでも病院からもらったパンフレットの1ページをコピーした“病院に電話する時に伝えなければならないことリスト”のお陰で慌てることなく電話。
まず受付にダイヤルして分娩室へ繋いでもらう。
「そちらで出産予定の者ですが、破水したんですが…。」
名前と診察券の番号を告げると破水の状況を尋ねられた。
「もう、ジャージャー出ちゃってます。おしるしらしきものもありました。」
と答えると
「シャワーなど浴びないですぐ来てください。4時頃には来られますね?受付まで来たら分娩室の者が車イスで迎えに行きます。」
車イスー!?んな大袈裟な、と驚いている間にもジャージャーは止まらないので急いでタクシー会社にダイヤルする、が!時間が悪いのか25日だからなのか、4社に電話しても全て“空車が近くにいない”との返事。ここまで冷静にソツなくこなしてきたが少々焦る。他を探さなきゃ、とタウンページをめくる手はプルプルと震えて…はいなかったと思うけど。幸い妹が流しのタクシーを探してきてくれて一件落着。なかなか空車がいなくて反対方向の車を止めてUターンしてもらった!と鼻息荒く武勇伝を語ってくれた。
バスタオルを敷いてタクシーに乗り込み、横たわるような体制をとる。乗ってしまえば5分ほどの道のりだ。タクシー代1,000円也(運転手さん近くてごめんなさい。おつりはとっといてクダサイ)。しかし病院に電話をしてからすでに30分以上経過している。
病院に到着して母が受付で入院手続きをしている間にシズシズと車イスが到着。
「どうぞ掛けてください。」
と言われるのだが、座ると余計に羊水が搾り出されてしまいそうで受付が終わるまで立っていることにする。
この病院では入院するときに入院保証金を納める。200,000円也。これは退院のときに全費用から相殺される。
手続きが済んで、さて分娩予備室に行こうとするのだが、今度は歩くとジャージャーしてしまいそうで足が踏み出せなくなっていた。やむなく車イスに座る。受付のおにーさんに車イスを押されて、“あの人どーしたのかしら”的な周りの視線のなか廊下を進むのだが、これはこれでなかなかラクチンである。今度はなんでもないときに乗りたいなーなんて考えている余裕があるのはまだ陣痛が始まっていないせいかもしれない。
エレベーターが開いて分娩予備室のある2階に到着すると私の身柄は助産婦さんに引き渡された。時間は午後4時をまわっている。用意された分娩予備室に母や妹とともに入ると、着替えをするようにと分娩衣と紙のショーツを渡される。
着替えの最中も相変わらずジャージャーなので床には水溜まりが…。大量のティッシュで慌てて拭く。
「紙ショーツ以外の下着はとってくださいね〜。」
尋常ではない状況にいると思っている私と、別にそんなのなんでもないことよ〜、と鼻歌でも出そうに
平静な助産婦さん。サクサクと出産準備は整えられていく。
「ご主人、立ち会いなさいますか?」
「いいえ、しません。」
破水をしているので感染防止のための抗生物質を渡され、コップの水で飲む。
内診をしてもらうが子宮口は3センチくらいしか開いておらず赤ちゃんもまだまだ下りてきていないようだ。陣痛はまだ始まらない。
しばらくベッドに横になっていると今度は何かを手にした助産婦さんが入ってきて
「剃毛と浣腸しまーす。」
おお、これが話しには聞いていた例の…。という間にも処置は着々と進行(状況描写は割愛…といっても自分からは見えないし)。
その後、廊下の端にあるトイレに連れていかれて
「100数えるまで我慢してから出してください。」
と取り残された私は、お風呂で“100数えてから上がりなさーい”といわれた子供みたいに、い〜ち、に〜い、さ〜ん、と心の中で数える、が100を過ぎても予想される事態は起こらない。仕方がないので分娩室に戻って助産婦さんに
「あのー、110まで数えたんですが出ませんでした。今朝出してきたし…。」
「あ、じゃ、いいですよ。」と言う助産婦さんの顔は明らかに苦笑していたぞ。
そうこうしているうちに夕食が運ばれてきた。時間は午後5時。これからお産だというのに食事!?
と思いつつ、考えてみれば状況によっては次にいつ食事ができるのか見当もつかないので素直にいただくことにする。白いごはんにみそ汁、おかずはトリの竜田揚げもどきのグルテンミートの竜田揚げと納豆。
近ごろはステーキやフランス料理のフルコースを出す産院がある中で、独自の考え方を貫く徹底したベジタリアンメニューが見事である。でも、ウチじゃ昔から納豆は朝食べるもんと決まってるんだけどなー。
初めて口にするせっかくのベジタリアンなメニューだが、頭は実はお産のことでいっぱいなので味なんかわからないまま8割方お腹に収める。
付添にはもちろん食事は出ないので“竜田揚げもどき”に興味をもった妹が
「これ、食べてみていい?」…「ふ〜ん。結構お肉っぽいね。」
食事が終わってから部屋に付いている洗面台で歯を磨いた。子供を産むとき口が納豆臭かったらヘンだもんね。それからコンタクトレンズをはずし、メガネに変えた。
食器が下げられると、分娩監視装置を付けられた。
お腹にベルトが巻かれ、そこから伸びたコードが心電図をとるやつみたいな機械に繋がっている。エコーで中の様子がわかるような様子もないし、これで何がわかるんだろう???
「きつくないですかー?」ときかれても、なんせ初めての体験なのでどのくらいの巻き具合がベストなのか判断しかねる。そんな私は美容院でのシャンプーのとき“イスの高さはよろしいですか〜?”という質問に“一体どこがベストポジションなのだろうか?”“質問をするということは客観的には今ベストポジションにいるということか?”と悩んでしまい、しばし答えに窮するという面倒臭いタチである。
まあ、ベルトがきつくて非常に居心地が悪い、という感じはなかったのでOKを出す。
やがて点滴の用意が始まったので
「点滴するんですかぁ?」
と質問する私の声は、かなり弱虫毛虫っぽかったに違いない。
だって点滴をするなんて母親学級の説明にもなかったし、いろいろ読み漁った出産マニュアル系の本にだって出ていなかった。
試験範囲をバッチリ勉強し、自信満々で試験に臨み順調にペンを走らせていたのに、5問目で見たこともない問題に出くわしておでこに斜線が下りてくる中学生の心境と、潜在的に抱いていた“点滴イコールただ事ではない状態”というイメージと、血管が細くて採血のときなんかに何回も刺し直しをされて痛かったんだよーという過去のメモリーが三位一体となって、「やめてー!!!」と心のなかで叫んだ私の想いは助産婦さんには伝わることはなく、無情にも右の腕に針は刺され、テープで固定されたのであった。
助産婦さんの説明は“万一何かあったときのために、陣痛で暴れだす前に点滴用のルートを確保しておく”と解釈できた。なるほどその時スタンドに吊るされていたのはブドウ糖のバッグである。これが“万一の事態(考えたくもないが)”のときは然るべき薬液バッグに替えられるのであろう。
初めての点滴体験の感慨を噛みしめているうちに、なにやらお腹の奥の方からしびれるような痛みが近づいてきた。新宿御苑のむこう端にいるみんみんゼミの声を探すように、お腹の痛みを捕らえようとしてみる。それは“みぃ〜ん、みんみんみん…”の最初の“みぃ〜ん”の“み”を“じ”に替えて、電動マッサージャーの振動を10倍高速にしたシビレを加え、断続的にしたような感じであった。
“じぃ〜ん”…………“じぃ〜ん”…………“じぃ〜ん”
(なるほどー、こりゃ“じん痛”っていうわけだな。くすっっ。)
と心の中でボケをかます余裕がそれでもまだある。
「陣痛が始まったみたい。」
母と妹には私の中で鳴り響く出産の開演ベルが聞こえるはずもなく、オゴソカに伝えてさしあげた。
陣痛は“痛みっぱなし”というわけではない。“じぃ〜ん…じぃ〜ん”がしばらく続いたら小休止があってまた痛みが来る。その痛みの感覚が短くなったら出産が近くなった合図である。
(よし、何分おきに来るのかメモしておこう。)
病院でもらったピンクの小冊子“母となるあなたへ”の裏表紙の左隅にボールペンで書き付ける。
“1/25 17:25 おなか”
なぜ“おなか”と書くか?それはその時すでに来ていた痛みの波が今度は腰を襲っていたからだ。
母の陣痛は私を産むときも妹を産むときもお腹は全く痛まず、モーレツな腰の痛みであった、という話しは“試験範囲”に出ていたので“陣痛はお腹以外も襲う”ことは学習済みである。
その後のメモは“17:30 腰”、“37 腰”、“45 おなか”…。
様子を見に来た助産婦さんに妹が陣痛が始まっていることを知らせると
「わかってますから、あまり言わないでくださいね。妊婦さんが気にしますから。」
とたしなめられてしまった。せっかく妹が教えてあげたのにぃ。
どうやら分娩監視装置の波形で陣痛の状況がわかるらしいが別室でモニターしているかどうかまでは不明だ。
妹に教えられるまでもなく、かの優秀な分娩監視装置様からの報告によって私の陣痛が始まったことを確認した助産婦さんは、おそらく麻酔担当医であると思われる男性を伴って再びやって来た。
今日に至るまで“無痛分娩”については様々な自問自答を繰り返し、包丁で指先をチョット切っただけでも“イッターイッ!!!”と大騒ぎする私には適した分娩法であると判断し、選択したのであるが、すでに点滴という予定外の針刺しを経験した私は既に“今日のところは帰ります”の心境になっている。脳裏に母親学級で見た無痛分娩の記録ビデオのワンシーンが浮かぶ。横向きに寝てエビのように背中を丸め、背骨の真中(に私には見えた)やや腰寄りに麻酔薬を注入するための細いチューブを差し込むのである。そのチューブを差し込むためにこれまた麻酔の注射を先にするわけだが、その長い注射針を背骨(にしているみたいに見えたんだってば)に差し込む光景は、“ジェイソン”に斬り付けられる経験はまずしないだろうと潜在意識の中で安堵できるホラー映画とは異なり、近い将来確実に自分がするであろう経験を写しだしているのだ。
しかし今“無痛分娩”を拒否したら多大なキャンセル料を取られそうだ。もしかしたら麻酔のセンセイは私の出産のためだけに予期せぬ残業をするはめになったのかもしれない。断ろうものなら“もっと早く言えよー!飲みに行く約束キャンセルしちゃったじゃないかよー。”などと文句を言われかねない。(注:そんなことは言われないと思います。念のため。)
観念して壁側を向いて横になり、先生に背中を向ける。
「膝を抱えて丸まってください。」
おお、やはりビデオで見た通りにコトは進行するらしい。
膝を抱えて背中を突きだす。が、すでに緊張のピークに達していたせいか体に思いっきり力が入っているらしく
「それじゃ反ってるんだけど…。」
背中に感じる苦笑。飲みに行けなかったのがそんなに悔しいですか?(違うって。)
もうどうしていいかわからなくなって、ふっと体の力を抜く。と自然に背中が突き出る。
「あー、そうそう。」
今度は先生にもご満足いただけたらしい。
そこでこれを読んでいるアナタ。思いっきり体に力を入れて背中を丸めてみてほしい。おそらく自分がやっていると思っているほどには丸まっていないはずである。次にふっと力を抜いて、腹筋をタルんとさせてみると…力を入れていたときより自然に、より丸くなったはずだ。嗚呼おもしろき人体なり。
そして無防備に剥き出しになった丸い背中に今、注射針が刺されようとしている。飢えた雌ライオンを目の前にして足がすくんだトムソンガゼルのように、私の体のアドレナリン分泌は最高値に達しているであろう。
「……………。……………。……………?。」
「はい、楽にしていいですよ。」(by 助産婦さん)
「もう終わったんですか?」
「終わりましたよ。」
「???…ビデオで見たらとっても痛そうだったからスッゴク覚悟してたんですけど…???。」
「じゃあ覚悟してたより痛くなくて良かったですねー。」
……無駄なアドレナリンを分泌してしまった。
相変わらず陣痛は断続的に来ているがまだ起き上がれる余裕はある。今のうちにもう一度トイレへ行っておこう。
助産婦さんに断って、さっき110まで数えたトイレに再びむかう。このとき分娩衣の隙間から私の背中を覗いてみればハツカネヅミの尻尾よろしく麻酔用のチューブが垂れ下がっている光景が見られたはずである。
部屋に戻って再びベッドに横たわると助産婦さんは部屋を出ていってしまった。ここまで来れば分娩準備はほぼ完了。後は赤ちゃんが出てくる気になるのを待つだけといった頃合いだからであろう。
陣痛の間隔は始めと変わらず5分くらいだが痛みは少しずつ、だが確実に増してきている。お腹に巣喰ったみんみんゼミが次第に巨大化し、さらに雑巾を絞るかの如くぎゅーんとした痛みが加わってきた感じだ。
しかし、体を丸めていればまだまだやり過ごせる痛みである。
「来た来た来たっ!うぅ〜ん。」と陣痛に耐えている私の姿は、お腹の陣痛未経験の母と出産そのものが未経験の妹にとっては見るに堪えない事態に映るらしい。
「助産婦さん呼んでこようか?」
と心配する妹に
「ううん。もう少し我慢してみる。」
と答える私。“今まで生きてきたなかで一番痛かった”と語られるほどの陣痛だ。こんなのはまだホンの序の口に違いない。
一体どのくらいまで痛くなるんだろう?
やや自虐的な期待感を持ち始めながら、また陣痛の波を待ち受ける。
このときにはもう、丸めた体は壁側を向き、左手は壁を突っ張り、右手は駅ビルのワゴンセールで4枚300円で買ったタオルハンカチを握り締めていた。どうせ人に見せるもんじゃないから柄はどうでもいいや、と選んだハンカチには、のー天気なクマの顔がアップでプリントされていて、“今日”という人生の中でも3本の指に入るほどエポックメイキングな日に、よりによって一番オマヌケな柄のハンカチを持ってきてしてしまったことを後悔してももはや遅い。
私の左手は壁を突き破らんばかりに突っ張っている。
「あらあら〜。麻酔の人はこんなに我慢しなくてもいいんですよー。」
と、言いながら助産婦さんが部屋に戻ってきた。
(え〜っ!!! 早く言ってよおぉぉぉ。)
背中のチューブから麻酔薬が注入されている…らしい。
振り向いて確かめる元気も勇気も今はもうない。
助産婦さんが背中をさすってくれる。少しラクになってきた。徐々に麻酔が効いてきたらしい。みんみんゼミが次第に遠のいていく。
ところが、右半身の痛みは和らいだのだが左半身の痛みはほとんど変わらない。左半身を下にして壁側を向いていたので布団に押し付けるようにギュッと丸まってみる。やはり変わらない。
「どうですか?ラクになりましたか?」
「右はかなり痛くなくなったんですが、左がほとんど変わらないんですぅ〜。」
「じゃあ、お薬もう少し増やしましょう。」
なるほど、一気に注入しないで様子を見ながらってやつだな。
…と、増やしてもらったはずなのにやはり変わらない気がする。麻酔は効きやすいタイプとそうでないタイプがいるらしいが私は効くと思っていたのにな。だって歯医者さんで治療する時の麻酔はちゃんと効くもん。
「針が少し右めだったのかもしれませんねー。」
え〜!どーゆーことお???
人体の神経系統は右半身と左半身の回路が別だからド真中からちょっと右にズレちゃうと右にしか効かないってことかい??
陣痛の苦しみの中、少ない知識を駆使してなんとか状況を理解しようとしていた私の頭に浮かんでいたモノは理科室の人体模型。体中を走っている赤と青の細かい線…。あれは神経じゃなくて血管ぢゃ。
麻酔薬がさらに追加されようとしていた。
「そんなに増やして赤ちゃんは大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫ですよー。」
大丈夫じゃないですなんて答えが返って来るわけはないのに気休めに質問してしまうもんである。
ようやく少し効いてきたのだろうか、もうよくわからないまま相変わらず左手は壁を突っ張っている。助産婦さんはずっと背中をさすってくれている。麻酔よりもはるかに有り難い気がする。左半身の奥からは鈍い痛みが突き上げてくる。対して右はほとんど痛みがなく、楽なもんである。壁に突っ張りを食らわせながら、左も右ほど効いてくれたらどんなにラクだろうど考える。
どれだけ時間が経過しているのかさえ最早わからない。
この状況を夫はまだ知らない。妹が部屋を出て何度か電話をしてくれているのだがまだ繋がらないのだ。横浜のイベント会場で技術スタッフをしていた夫は仕事の最中、携帯電話の電源を切っている。仕事が終わるのが11時頃らしいので、たとえ会社に伝言を頼んでも、仕事が終わらないと繋がらない。
「おねーちゃん、お義兄さんの電話、まだ繋がらないよー。」
11時過ぎないと繋がらないって言ってるのに、妹は何回も掛けてくれているのだ。そうでもしていないと間が持たないらしい。私は陣痛で忙しいが妹は苦しんでいる姉を見ているしかないわけだから。
「おねーちゃん、お義兄さんに電話繋がったよ!すぐにこっちに来るって。」
ああ、取りあえず状況が伝わってよかった。繋がったってことは11時をまわったってことか?
何度も電話を掛けに行ってくれた妹にねぎらいの言葉をかけたいが、壁の方を向いたまま、“君の話しはわかったぞ”の合図として頷くしかできなかった。
腰をさすってくれていた助産婦さんが私の足を触ってみている。左半身に効かせようと麻酔を増やしたせいか、右には効き過ぎて(?)足が冷たくなっているようだ。確かに右はほとんど間隔がなくなっている。長時間正座をしてしびれた足は触ってもほとんど感じないがそんな感じで助産婦さんに足を触られても触られている感覚がないのだ。
これってかなりヤバいんじゃないの〜??? もしかして“万一の事態”か?
「大丈夫よ。頑張って。」
どうやら助産婦さんが交代したようだ。今までの人は“ですます調”で話す若い人だったが今度はいきなり“タメ口”に変わったのでいささか違和感を覚えたのだが、この人はベテランのようだ。腰のマッサージもさっきより格段にウマイ。
内診の結果、出産はかなり近いらしい。
「だんだん麻酔が切れてくるからそうしたらイキミの練習しますよ。」
多少なりとも麻酔は効いていたらしく、だんだん痛みがよみがえってくる。
相当顔がゆがんでいたのだろう。
「神経を痛みに集中させないで!赤ちゃんに会えることだけ考えて!」
なるほど、少しはいいかもしれない。
毎日が花園で天使と戯れるような赤ちゃんと一緒ライフを夢見られるほど若くはないけれど、すごい脚力でおなかをボコボコ蹴ったり、毎日のようにヒックヒックとしゃっくりをしていたキミには早く会ってみたいよ。おかーちゃんも頑張るから、一緒にガンバロー。
よし、少しやる気が出てきた。
母親学級の説明では、赤ちゃんが産道を下りてくるといきみたくなるときがあるが、まだその時ではないのにいきんでしまうと産道が傷つくので浅く呼吸をして我慢するようにと説明されている。産道が傷つくとどうなるんだろう?大出血でもするんだろうか?出したいのに我慢するなんてできるんだろうかと随分心配したのだがどうやらいきんでいいところまで来たようだ。
陣痛はお腹の奥から徐々に痛みが迫ってきて、痛みが最高潮に達し(このとき子宮が一番収縮している)、その後遠のいていく。この、痛みが迫ってきたときに呼吸を整え、痛みが最高潮のときに思いっきり“ウ〜〜ン!”とやるのだ。このときは上体を起こし、“ウ〜〜ン!”のときには自分のおへそを見るような気持ちの体制で力を入れるのがコツである。
助産婦さんは分娩監視装置で陣痛の波がわかっている。
私が“あ〜、来た来た来た!”と思っていると
「さあ、吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー、吸ってー!はい止めて!いきんでっ!」
2回深呼吸して3回目に吸ったら息を止めていきむのだが最初はなかなかコツがつかめない。どこに力を入れればいいのかもわからない。
「腹筋に力を入れるのよ!」
“あ〜、また来た来た!”
「さあ、吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー、吸ってー!はい止めて!いきんでっ!」
これを3回くらいやったところでようやくコツがつかめてきた。
「そう、上手よー。」
「腹筋が痛い〜!」
「それはうまくいきめてるってことよ!」
こんな状況下でも人間褒められれば嬉しいものである。が、嬉しさの85倍くらいツライ!
いくらやっても赤ちゃんなんて出てこないんぢゃない!?やっぱり鼻からリンゴは出ないよ!
「おねーちゃん!お義兄さん来たよ!」
苦しむ私を見ていられなくて廊下の家族用待合室にいた妹が夫を連れて入ってきた。
「ごめんねー。赤ちゃんあさってまで待っていられなかったよ。」
予定日はあさってだったので、それならば仕事を休めるかもしれないといっていた夫。昨日仕事に出掛けるときも予定日に出てくるようにお腹に話しかけていたのだ。
また陣痛の波がやってくる。
「さあ、吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー、吸ってー!はい止めて!いきんでっ!」
あと何回やればいいの!?もう疲れたよー!
「1時頃には産まれるわね。」
ええい!ほんとに産まれるのかーい!
夫はいつの間にか廊下に出ているようだ。
助産婦さんの大きな声が聞こえる。
「ご主人、立ち会いに変わりました!」
え〜!?立ち会わないって言ってたのにー!やめてよー!(心の中で絶叫。)
もともと夫は出産に対してスプラッタなイメージを持っていたため立ち会いには消極的だったし、私も出産は“男に踏み込まれたくない、女の領分”と、理屈ではなく感覚的にそう捉えていたので立ち会わないことに関しては双方の意見が一致していたはずだ。
出産シーンといえば夫は分娩室の外で廊下をウロウロ往復しながら耳を澄まして、「オンギャー!」と聞こえたら万歳するっていうのが定番でしょーが。
「立ち会わないって言ってたのに!…こんなに苦しんでいる姿、見られたくない!」
日頃テレビでドラマを見ながら、ふつーの人間が日常生活でこんなドラマチックなセリフゆーわけないじゃん、とツッコミを入れていた私であるが、いざとなったらドラマで聞いたようなセリフしか出てこない自分のボキャブラリーの貧しさを笑う。
「なに言ってるの!二人の赤ちゃんなんだから!」
ああ、助産婦さんまでドラマチック。
しかもセリフのあとはみんなびっくりマークだ。
しかし、それ以上抵抗する余裕は最早ない。
いよいよ分娩室に移動だ。
歩いていくんだったらどうしよう、と心配しているところへ(マニュアル本には歩いて移動した例が数例あった)ストレッチャーが運ばれてきた。それをベッドサイドにぴったりとくっつけて、ゴロンと転がって移動する作戦なのだ。
「あ…眼鏡…していきます。」
私の乗ったストレッチャーが分娩予備室を出て廊下を横切り、斜向かいの分娩室に入る。
廊下では母と妹がことの成り行きを心配そうな表情で見守っていた(んだと思う。だって顔見る余裕なんてないもん)。
ストレッチャーが分娩台に横付けされ、再びゴロンで分娩台に移動する。
く〜ぅ。こんなときLDRってやつならラクなのかなー。
ここでいよいよイキミ再開。
陣痛がまたやって来る。
あ〜、来た来た来た!
「ご主人、上体を起こして支えてあげて! さあ、吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー、吸ってー!はい止めて!いきんでっ!」
分娩台の左右には軽く腕を曲げて届くあたりにバーがついていて、これを握って引っ張るようにすると力が入る。転落防止のためにベッドの脇についているベッドガードをきっと今まで何人もの妊婦さんたちが、“それまで生きてきたなかでこんなに力を出したことはない”というパワーでそのバーを引っ張ってきたのだろう。右のバーが幾分緩んでいる。引っ張るたびに右側だけ一瞬カクンと3ミリくらい持ち上がる感じがする。もしかして抜けちゃったらどうしよう。分娩台のバーを引き抜いた妊婦として伝説になってしまうかもしれない。
そんなことを考えているせいで幾分集中力が欠けたような、でも気が紛れたような…。
それにしてもあの状況下で「バーが緩んでいますうぅぅぅ!」なんて言える妊婦がいるとは思えないので、“ゆるゆるバー”は今もカクンカクンしながら人知れず伝説の妊婦が現れるのを待っているのかもしれない。
その間も陣痛は休ませてはくれない。
吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー、吸ってー、止めて、いきむ!
もう何回やっているのだろう。自分は30回くらいやっているつもりだけれど分娩室に入ってからはきっと10回もやってないんだろうなー。
「だいぶ頭が見えてきてるわよ。」
「えー!まだあ?」
もう子供の顔が見えてるくらいのつもりなんだけどー(そこまで出たらもう産まれてるって)。
「吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー!赤ちゃんに酸素送ってあげて!」
送ってあげてって言われたって、もー、疲れちゃったんですけどー。
とうとう(なのか?)酸素マスクをされてしまった。夫が眼鏡を外そうとする。
「ダメ…そのままにしといて…。」
全くーいま外されたんじゃわざわざ新しい眼鏡作った意味ないでしょー。
吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー、吸ってー、止めて、いきむ!
「△×先生呼んできて!」
どうやら医者は最後の最後に登場するらしい。だけど何先生を呼んだのやら、誰先生が入ってきたのやら、酸素マスクをつけてバーをカクンカクンさせている私にはもう認識すらできない。
「もう産まれるわよ!さあ、吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー、吸ってー!はい止めて!いきんでっ!」
次の瞬間、おそらく会陰を切開されたのだろう。少しの違和感があった。そしてずるずると何かが引きだされるような感覚…。
産まれたあ〜ぁぁぁ。ほ〜ぉぉぉー。深呼吸。ああーもういきまなくていいんだあ。
「オンギャー!」と元気な泣き声は廊下で耳をそば立てていた母と妹にもよく聞こえたらしい。
「男の子ですよ〜。えーと時間は1時4分ですね。」
日付は26日に変わっていた。
「あ〜良かったねー。アナタ男の子欲しかったのよねー。」
ようやくまともに夫に話しかけられる。
気が付かなかったが夫はこのとき小さくガッツポーズをしたらしい。
この間、赤ちゃんは助産婦さんの手でキレイにしてもらったり、名前のバンドを付けられたりしている。
が、私の方はまだ終わりではない。感慨にふけっている間にも、後産、その後会陰の縫合をされている。
でも、とにかく体中の神経を覚醒させていた異常な興奮と急激な脱力のせいで後産や会陰縫合なんてなんにも感じないうちに終わってしまった。
「お父さん、抱っこしますか?」
さっきまで“ご主人”だったのに“お父さん”に変わっている。
それまで私の中でモゴモゴ動いていた生き物が今は“お父さん”に抱っこされている。その生き物が今度は“お母さん”の傍らに連れられてきた。
抱っこした瞬間
「あったか〜い。」
いま産まれたばかりだというのに目をぱっちり開いている。かあぁわいいぃぃい。自然に目がうるうるしてきちゃう。お猿みたいに真っ赤でクシャクシャなやつが出てくるとばかり思っていたのに、そいつは色白でキリッとした顔立ちの、い〜赤ちゃんだった。親ばかと言われようがホルモンに騙されていると笑われようが、そう思うようにできているんだよ。ちゃんと。
分娩の全ての処置を終えていったん分娩予備室に戻る。しばらく出産後の経過を見てから今夜はそのまま休んで翌朝、入院の病室に移るとのこと。
体重測定(3,116gだったよ)などを終えて再び赤ちゃんが連れられてきた。助産婦さんに促されて母乳をふくませると、さっき生まれたばかりだというのにちゃーんと吸い付いている。不思議だー。
生まれたばかりの赤ちゃんは産道を通ってくるときに体も神経もパワー全開で出てくるため、すごく覚醒した状態にいるそうだ。だから目もぱっちり開いているし(数時間後には閉じていることの方が多くなる)おっぱいに吸い付く能力もあるらしい。
出産後、この病院では分娩予備室には家族は夫しか入れないので母や妹は赤ちゃんを抱っこすることができなかった。予備室を出てから新生児室に移されるところで顔を見ることはできたそうだが感染防止のためか触ることは許されなかったらしい。ゆっくり見られたのは新生児室に移されてからガラス越しで。気の毒したなあ。
時刻は午前2時を回っていたので、母と妹には新生児室で赤ちゃんをゆっくり見てから一度ウチに泊まって貰うことにして、二人は病院を後にした。
夫は朝6時から再び横浜で仕事なので早く開放してあげたいが、赤ちゃんと同じく私も全身が覚醒していてとうぶん眠れそうもないので、もう少し付き合ってもらう。
なぜ急に立ち会う気になったのか訊ねると、携帯に電話してきた妹の様子が尋常ではなく、マズイ事態になっていると思ったらしい。妹は何度も掛けてやっと繋がった電話に早口で「おねーちゃんが破水して入院して…」とまくし立てたらしい。
でも、立ち会ってみたらぜんぜんスプラッタじゃなかったし、息子誕生の瞬間にその場にいられて満足だったようだ。私も“出産”という体験を共有できたような気がして結果的には良かったかな。
それに出産の苦労を少しはわかったかーと胸を張ったのだが夫は
「なんか簡単に産んでたよ。」
うっそー!あんなに大変だったのにー!そう思ってたのは自分だけかーい。
「疲れているでしょうから。そろそろ寝かせてあげてくださいね。」
助産婦さんに促されて夫は予備室を出た。時間は3時近い。
5つある分娩予備室が全部ふさがるような出産の多い日もあるそうだがこの日は私の他にもう一組あっただけ。廊下はすでに静まりかえっている。
いつの間にか眠ってしまった。
その日の午前9時、入院病棟に移され、慌ただしい入院生活が始まった。
平成11年2月1日
親子そろって無事退院の日。
帰宅の準備をしている間に夫が会計を済ませてくれる。
診察料3,800円、投薬料10,469円、注射料2,280円、処置料380円、麻酔料18,440円、検査料27,306円、入院料302,070円、分娩料220,000円、文書料1,500円、その他1,440円、消費税75円、合計587,760円也。わーお。
先に払っている入院保証金と相殺して、足りない分の387,760円を支払い、病院を後にする。
そして、うるさくてキチャナクて、でも楽しくて愛しい我が息子との日々が始まるのであった。
|
出産費用のまとめ
病院の費用
(入院料の内訳) |
満足度 |
診察料 |
\3,800 |
○ |
|
投薬料 |
\10,469 |
○ |
|
注射料 |
\2,280 |
○ |
|
処置料 |
\380 |
○ |
|
麻酔料 |
\18,440 |
○ |
もっと高いかと思った。 |
検査料 |
\27,306 |
○ |
|
入院料 |
\302,070 |
▲ |
お母さんになるためのトレーニング料も入っていると思えば……でも高いよね〜!?1日約¥43,000ってことだもん。6人部屋だったけど、個室はもっと高いよ。 |
分娩料 |
\220,000 |
○ |
どういう計算でこの値段なんでしょうねぇ。 |
文書料 |
\1,500 |
○ |
出生証明書なんかの作成料なんでしょうね。たぶん。 |
その他 |
\1,440 |
○ |
ティッシュとか産褥ナプキンとか、病院で支給されたモノの分かな? |
消費税 |
\75
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○ |
“その他”に掛かる消費税のようですね。 |
小計 |
\587,760
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交通費 |
満足度 |
タクシー代
(退院時) |
\1,000 |
○ |
普段の検診は徒歩だったので交通費はほとんど掛からなかった。 |
タクシー代
(入院時) |
\1,000
|
○ |
小計 |
\2,000
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出産費用合計 |
\589,760 |
▲ |
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初期からの累計 |
\907,686 |
▲ |
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満足度マーク
☆ これは安い!
○ ま、こんなもんでしょ
▲ 高いな〜 |
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やっと収入だ! 公的補助費用
公的補助 |
備考 |
出産育児一時金 |
\350,000 |
加入している健康保健から現金で支給される。夫婦どちらか片方からしかもらえない。どちらからもらうにしても申請しないと支給されないので忘れずに! |
小計 |
\350,000
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これも収入だ! お祝いのまとめ(品物は金額推計)
出産祝い |
備考 |
お祝い金 |
5件計 |
\70,000 |
子供の通帳を作って全部貯金した。 |
商品券 |
4件計 |
\75,000 |
なぜか一部ビール券あり。 |
衣類 |
8件計 |
\30,000 |
すぐ着られる物から3歳くらいまでの物あり。 |
玩具 |
1件 |
\4,000 |
カラフルなタワージム。ねんねの頃から使える。 |
ベビー雑貨 |
5件計 |
\25,000 |
毛布、スタイ、靴、マグマグ、おまる、ベビーフード、育児書など。 |
ベビー布団 |
\35,000 |
お店で気に入ったものを母に買ってもらった。 |
(なぜか)お酒 |
\10,000 |
ハタチになったらどうぞってことか!? |
小計 |
\249,000
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でもまたまた出費だ! 内祝いのまとめ
内祝い |
備考 |
銘茶セット |
8件計 |
\24,000 |
年配のご夫婦などにはお茶あたりが無難かなあ。 |
写真入り缶銘茶 |
4件計 |
\9,200 |
子供の写真をお茶の缶に貼ってくれます。親戚などへ。 |
ブランド洋皿 |
3件計 |
\12,000 |
好みもあるので難しいところ? |
タオルセット |
12件計 |
\38,500 |
1,500円〜5,000円のセットで、キャラクターもの、DCブランドものなど相手に応じて。子供のいる家庭にはミッフィーのセットが好評だった。 |
紅茶セット |
1件 |
\2,000 |
かわいいカゴに入ったやつ。 |
会員割引(12%) |
▲¥10,284 |
このお店の会員になると合計金額に応じて割引される。 |
送料計 |
\5,500 |
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赤ちゃんの写真焼増し22枚 |
\418 |
2,000円以上の品物には写真をつけたカードを封入してくれるので。 |
小計 |
\81,334
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妊娠〜出産までの総費用 |
¥907,686 |
出産育児一時金 |
△ ¥350,000 |
お祝い金(品) |
△ ¥249,000 |
内祝い |
¥81,334 |
妊娠〜出産における費用
(持ち出し金額) |
¥390,020 |
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